『珊瑚集』ー原文対照と私註ー
永井荷風の翻訳詩集『珊瑚集』の文章と原文を対照表示させてみました。翻訳に当たっての荷風のひらめきと工夫がより分かり易くなるように思えます。二三の 私註と感想も書き加えてみました。
ポール・ヴェルレーヌ
原文 荷風訳 (La lune blanche) PAUL VERLAINELa lune blanche
Luit dans les bois ;
De chaque branche
Part une voix
Sous la ramée...
O bien-aimée.
L’étang reflète,
Profond miroir,
La silhoutte
Du saule noir
Où le vent pleure...
Rêvons, c’est l’heure,
Un vast et tendre
Apaisement
Semble descendre
Du firmament
Que l’astre irise...
C’est l’heure exquise.(La Bonne Chanson) ましろの月 ポオル・ヴヱルレヱンましろの月は
森にかがやく。
枝々のささやく聲は
繁のかげに
ああ愛するものよといふ。
底なき鏡の
池水に
影いと暗き水柳。
その柳には風が泣く。
いざや夢見ん、二人して。
ひろくやさしき
しづけさの
降りてひろごる夜の空。
月の光は虹となる。
ああ、うつくしの夜や。
単語
luire 《文》 光る, 輝く. 反射する, 反映する.
ramée 〈女〉葉のついたまま切り取られた枝, 柴《文》 枝の葉
saule 〈男〉 植物 柳.
apaisement〈男〉(苦しみなどを)静める〔和らげる〕こと, 鎮静,
astre [astr]〈男〉天体, 星. 詩 太陽〔月〕.
iriser [irize]〈他〉 虹色にする.
「ましろの月」とはすごい表現です。普通は「白い月」と訳してしまう。それから「ああ愛するものよといふ。」という何か字余りみたいな表現がなんともいえ ない。また林芙美子で恐縮ですが、彼女の「蒼馬を見たり」でも「元気で生きていてくださいと呼ぶ。」とやはり字余りみたいな印象的な区切りがありました。 彼女は荷風の訳詩が大好きだったから、きっと真似したのだ。"saule" を「水柳」としたのはおさまりを考えてでしょうね。柳は水際に生えるものだから間違っては居ない。普通「天体」を意味する"astre" が「月」と訳されていますが、詩文では太陽とか月を表すんですね。星というのは詩人にとってはあまりにも遠い存在なのだ。
余丁町散人 (2003.3.22)
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訳詩:『珊瑚集』籾山書店(大正二年版の復刻)
原詩:『荷風全集第九巻付録』岩波書店(1993年)
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